~エピローグ~

〜〜エピローグ〜〜

今朝起きて、旅がおわった…と想った。
さかのぼれば、函館に来るようになったのは、2010年の6月の夏至の頃。
手回しオルガンを作ることができる人を探しにきて、写真家だった私が手回しオルガンの回し手として生きるようになる今日までに、何度通ったかしれない町。多い年だと、年に100日、ここにいる。函館と函館の人たちが本当に大好きで。

この町と本州を結ぶ新幹線の一番列車。
私が明確にこの日に向けて最初のシャッターを切ったのは、2012年5月ではないかと思う。

そこから一番列車に乗りたいと思うほどになったのは、
2014年10月、神戸から船で来た新幹線車体が函館の港で陸揚げ、陸送された日から。

その日は、もし私が町なら、いつか思い出す、そんな日で、
どこかたしかに「町の記憶」である一日だった。

この日私は、
たぶん、
この町と同じ記憶を持ちたかった。

過去の日記にそう書いている。

それから、北海道新幹線の始まりを都度撮るようになり
開業日を挟んで写真の展示をすることを決めたのは2015年9月、開業192日前

開業100日前からは、一夜にひとつ新幹線の写真物語を書くことで、
北海道新幹線の始まりとはどんな日なのかをみつめ続けてきて。書く中でいろんなことを知った。

開業3日前からの写真展示は、
この町に小さな記憶を作りたいという、記憶を持つよりももう一歩能動的な、この町への手紙だった。

時が流れて、2016年3月26日にした旅は、

5:45函館発→(ライナー一番)新函館北斗
新函館北斗→(函館発一番)奥津軽いまべつ
奥津軽いまべつ→(盛岡発一番)木古内
木古内→(東京発一番)新函館北斗
新函館北斗→函館
函館→(ながまれ号一番)上磯
上磯→函館着13:34

だから、26日の旅は、列車では8時間だけれど
今朝、ああ、旅がおわったんだ・・・と感じたのは、
この7か月余りの旅がどこかに辿りついたんだ・・・って、
そんな気が、やっとすこし、したんだと思う。

どうしてそんなに一番列車に乗りたいの?
よくきかれる質問で答えることが難しいけれど

一番列車は、結晶なんじゃないかと、思った。

鉄道ファンでもないし、
記者でもないし、
乗る必要なんかどこにもない。

キラキラと輝く宝石が、みつめた時のその一瞬の輝きとともに
宝石になるまでの時間と輝き続けるその先の時間を感じさせるように

一番列車が乗せているものは、
ただ一番列車の上の時間だけじゃなくて、
それまでの時間、それからの時間のことをみんなどこかで感じながら

だから乗っているだけでなにか泣きそうになるようなワクワク。
一瞬のワクワクだけれど、ひとりひとりに想いの違うどれほどの時間の結晶。

十人十色。

時が流れて消えてもいい。記憶ってそんなものだから。
溶け込んで、形を失いながら、しみこんでいくものだから。

一番列車にたくさん乗ったこの日のこと、
忘れられない、っていいながら、忘れていく。

出会った人たちの笑顔と、仲間たちとの笑い声が体に残る。

昨日と違う夜が明けた。
新幹線が走っていて、いさりび鉄道が走っている。

今日も、いい日になりますように。

(2016/3/28 2日後記)

100日間おつきあい頂き、ありがとうございました。

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北海道新幹線の百夜一話物語

撮影・文: 紀あさ/田村昌弘/高岡純司/池井希代美
編:紀あさ

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