第13夜 青函連絡船、終航28年

3月13日、13日前です。

28年前、1988年の今日、青函トンネルが開業。と同時に、
この日、青函連絡船が80年の歴史に幕を閉じました。

来る北海道新幹線開業にあたっては、トンネルの設備切替などのため、
開業5日前の3月21日までに、青函トンネルを通る在来線の全旅客列車が運転を終えます。
そう考えると、青函連絡船の終航と、青函トンネルの一番列車が同じ日だったというのはさぞ劇的な日だったのだろうな、と思いをはせつつ。

さて、函館・青森間には、現在も津軽海峡フェリーと青函フェリーが就航しており、
約4時間の船旅で津軽海峡を越えることもできます。

東京の友人に、北海道にフェリーで行ったよ、というと
今でも「青函連絡船で行ったの?」ときかれることがありますが、
青函連絡船は一般名詞ではなく固有名詞で
青函連絡船と現在の旅客向けフェリーとの大きな違いは鉄道連絡船であるかどうか。

青函連絡船の頃には、青函トンネルがまだ開通していなかったため、
貨物列車は港から船内に引き込まれた線路で船に乗せられ、海を渡っていました。

今宵はそのころの青函連絡船のお話

~~青函連絡船、終航28年~~

いまはもう、連絡船が鉄道貨物の輸送をしていたことさえもトリビアなネタになるほどその存在が遠いモノとなってしまいましたが、当時、函館の繁栄を支えたのは他ならぬ連絡船でした。

旅客だけでなく北海道と本州を結ぶ物流の大動脈として活躍。
連絡船FH000006
昭和50年代でも10数隻が就航、船員たちは全員、家族とともに函館で暮らしていました。
深夜早朝の到着便や乗務の交代もあったため、函館駅前はまさに眠らない街だったのです。

そんな連絡船の運航が終わる日、青函トンネル開業よりもむしろ、
さようなら連絡船のほうにスポットがあたり、
函館・青森双方から発つ最終便はもう名残を惜しむ人たちであふれかえりました。
連絡船FH000001

かくいう僕は函館発最終便・羊蹄丸に乗って青森に渡ったのですが、
後に知り合った友人Nは同じ頃、青森から最終便八甲田丸に乗船していたそうです。

連絡船FH000007
その彼はいま「ミスター新幹線」として、函館で北海道新幹線開業に向けた地域の取りまとめ役として活躍中です。
当時まだ中高生だった僕たちですが、あの時代の変わり目に立ち会った経験があってこそ、新幹線開業に向けた今があるような気がします。

(撮影日1986年~1988年 30~28年前 撮影・執筆 田村昌弘
写真1 終航間近、函館港に停泊中の羊蹄丸
写真2 夕陽を背に函館に入港する大雪丸
写真3 青森桟橋停泊中の摩周丸。当時はJNR(日本国有鉄道)のマーク)

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